無駄のないあがき

男子大学生がジタバタしています。

捺印で圧倒的偉さを表現してみる

テイテイ岡安です、こんにちは。

 

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社会人になってからちょうど半年が経った。

 

 

学生の頃と何が変わったかと聞かれると、

一言では言い表せない。

 

32℃~34℃のぬるま湯であった学生生活から急に社会に放り出されたことで、

ポンコツ学生であった私ですら、自分の身に

”人間的成長”という名の圧倒的変化が起きた。

 

 

例えば、

 

 

特に何も用がないのにトイレの個室に籠ることが多くなったり、

 

特に何も成し遂げていないのにデスクで「よっしゃ」と呟くようになったり、

 

特に何もミスしていないのに、というかミスが起こるような大層な仕事もしていないのに、「あ~やべぇわ・・・」と小声で発し、困難に直面している自分を演出してみたり、

 

 

数え切れぬほどの変化を列挙することが出来るが、

その中でも最も大きな変化は、「やたらと捺印する機会が増えた」ことであると私は声を大にして言いたい。

 

交通費の清算や申請書など、何を提出するのにも捺印しなければならない。その提出物を受け取る上司なんか、部下の提出する書類に自分の承認の捺印を押さなきゃいけないから、偉くなればなるほど捺印する回数が増える。

 

余談ではあるが、偉くなればなるほど捺印する回数が増えるとは言っても、捺印をすればするほど偉くなるわけではない。提出書類に自分の捺印を5,6個押して提出しても、「1個でいいから。」と突き返される運命にあるのだ。こういったところにも社会の理不尽さを感じ取ることができる。

 

捺印にまつわる理不尽さといえばこれにとどまらない。

流石に私の会社では全くないが、銀行などでは偉い人にお辞儀をするように左に傾けて捺印しなければならないらしい。

 

どういうことかというと、下図を見てもらえればわかる。

ちなみに岡安が偉くて、薬師丸が偉くない。

 

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実にアホらしい。このような無意味な慣習が驚くべきことに確かに日本に存在しているのだ。

 

 

どうせ無意味ならこんな中途半端ではなくて、もっとぶっ飛んでいた方が面白い。

 

例えば、こうだ。

 

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五老海や勅使河原、御手洗がまるで私のために椅子になっているように見える。もちろん椅子に鎮座している私が一番偉いし、御手洗や勅使河原たちの体重が容赦なくかかってくる、足役の剛力が一番偉くない。社内ヒエラルキーを一目で把握することができる。

 

 

次はこれだ。

 

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少し分かりにくいかもしれないが、御手洗や勅使河原をドミノ代わりにして私が遊んでいる光景に見えなくもない。

もちろん、ここでも人間ドミノ倒しで遊んでいる私が最も偉い。

最後の五老海は最終的に地面に叩きつけられる。

 

上の命令には絶対逆らえないのだ。

 

 

 

最後はこれだ。

 

 

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まるで、タワー・〇ブ・テラーにかれこれ3時間以上並んでいる御手洗や勅使河原を横目に、ファストパスで駆け抜ける岡安こと私が躍動している姿を表しているように見える。

もちろん私が断トツで偉い。

 

一目で、私の圧倒的立場を一瞬にして理解することができる。

偉い人間は常にVIP待遇であるべきなのだ。

 

 

 

 

ちなみに、御手洗と五老海、薬師丸と剛力、東海林と垣ヶ内、猪狩と勅使河原はカップルで、私はシングルライダーです。