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無駄のないあがき

男子大学生がジタバタしています。

試験監督になりたかった人の人生

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誰もが一度は何かしらの試験を受けたことがあるだろう。

 

 

ピンと張り詰めた緊張感の中、

聞こえるのは、コツコツとシャーペンで文字を書きなぐる音だけ。

  

 

 

問題との死闘、そして乳繰り合い。

 

ふとした瞬間、前を見ると

試験に全身全霊で挑んでいる我々とは対照的に、

あたかもこの空間を支配しているかのような圧倒的オーラを放っている者がいる。

 

 

 

その姿はまるで王。

 

 

 

 

彼が試験をやめろと言ったら下民は問題を解くのをやめて筆記用具を置き、

彼が試験を始めろといったら下民は一心不乱に問題を解き散らし始める。

 

 

 

そう、彼の名は「試験監督」。

 

試験を司る王である。

 

 

 

彼らの姿に憧れ、その道を目指すものは後を絶たない。

 

 

 

例に漏れず私もその内の一人だ。

 

 

「僕も大きくなったら試験監督になる。」

 

 

七夕の短冊にも書いた。

織姫様と彦星様のお力添えを頂いてでも私は試験監督になりたかった。

 

 

小学校の卒業文集、テーマは将来の夢。

もちろん、私のタイトルは「一流の試験監督を目指して」だ。

プロ野球選手になりたい」と「総理大臣になる」に挟まれての

「一流の試験監督を目指して」だ。

 

 

高校の進路相談でも言った。

「大学なんて行かなくてもいい。僕は試験監督になれればそれでいい。」

あの時、私の頬を力いっぱい殴りつけた先生の気持ちが、今なら少しだけ分かる気がする。

 

 

 

そして、幼き頃に抱いた夢は、

大学生の時、現実のものとなった。

 

 

アルバイト、という形ではあるが私は首都圏模試という試験の監督を任された。

あまり聞き覚えのない試験だが、どうやら中学受験をする小学生向けの模試であるらしい。

 

 

 

小学生。余裕だ。

 

 

 

私は完全に油断をしていた。

 

 

 

 

 私は見誤っていたのだ。

 

 

 

 

小学生の膀胱のキャパシティの低さを。

 

 

 

 

 

 

 

準備、入室、説明。

そこまでは完璧だった。

 

 

しかし、世の中物事はそう上手くは進まない。

 

 

 

「なぜ、なぜなんだ。」

 

 

 

 

「なぜ、そんなにトイレに行くんだ君たちは。」

 

 

 

 

受験者の子供たちがやたらとトイレに行くのである。

 

 

 

 

「小学生の膀胱のキャパシティの低さをなめてはいけないよ。」

 

おばあちゃんがよく朝ごはんを食べるときに私に言っていた言葉だ。

 

 

 

 

おばあちゃんの言うことを聞いておけばよかった。まさかこんなことになるなんて。

 

 

 

 

 

完全に小学生を見くびっていた。

 

 

トイレに行って帰ってこない小学生が多発するせいで、

マニュアル通りの時刻に試験を開始することが出来ない。

 

 

「なぜだ、なぜなんだ!お前とお前はさっきの休憩時間にいったばっかりじゃないか!!」

 

 

つい、1時間前にはトイレに行ったはずの右から二列目の前から5番目に座っているstop the rainと書かれたTシャツを着た彼は、再びトイレに向かうのである。

 

rainじゃなくてosikkoを止めてくれ。私は薄れゆく意識の中でそう呟いた。

 

 

 

小学生の膀胱のキャパシティの低さに翻弄されるとは夢にも思っていなかった。

お母さん、お父さんごめんなさい。私は期待に応えられなかった恥ずかしい人間です。

 

 

 

 

私は、その日を境に試験監督を目指す人生をやめてしまった。

 

 

 

 

これから試験監督をやる人はその辺を見誤らないようにしてください。